2016年6月21日火曜日

靖国神社の徳川宮司の発言が波紋「大村益次郎像を撤去せよ!明治維新という過ち」

靖国神社の徳川宮司「明治維新という過ち」発言の波紋

2016.06.20 11:00



靖国神社が揺らいでいる。来る2019年に迎える創立150周年に向けて徳川康久宮司が語ったインタビュー記事の発言が、波紋を呼んでいるのだ。

記事は共同通信社から配信され、加盟する一部の地方紙(静岡新聞6月9日付、中国新聞6月10日付)に掲載されたのみだった。ところが、地方でしか読まれないはずの記事が各界の識者の注目を集め、にわかに論争へと発展している。

徳川宮司は靖国神社が抱える課題や、神社の将来像について語った後、「明治維新を巡る歴史認識について発言していますね」という質問を受けて、自らの「明治維新史観」を開陳した。以下が宮司の発言だ。

〈文明開化という言葉があるが、明治維新前は文明がない遅れた国だったという認識は間違いだということを言っている。江戸時代はハイテクで、エコでもあった〉

〈私は賊軍、官軍ではなく、東軍、西軍と言っている。幕府軍や会津軍も日本のことを考えていた。ただ、価値観が違って戦争になってしまった。向こう(明治政府軍)が錦の御旗を掲げたことで、こちら(幕府軍)が賊軍になった〉

一連の発言が波紋を呼んだのは、靖国神社創建の「原点」に関わるからだ。靖国神社のルーツは明治2年(1869年)に建てられた東京招魂社に遡る。

明治維新に際して、薩摩藩・長州藩中心の後の「明治政府軍」と徳川家や会津藩が中心の「幕府軍」が争う「戊辰戦争」が勃発。勝利を収めた明治政府軍が“官軍”、敗北した幕府軍は“賊軍”とされた。

この時、明治維新を偉業として後世に伝え、近代国家建設のために命を捧げた官軍側犠牲者を慰霊顕彰するため、明治天皇が創建したのが東京招魂社だ。明治12年に社号が「靖国神社」と改められて現在に至る。

それゆえに、「賊軍vs官軍ではなく、東軍vs西軍」とする発言は、靖国神社の歴史観を揺るがしかねないと受け止められたのだ。

靖国神社にある遊就館に展示されている「錦の御旗」には、「戊辰戦争で官軍の象徴として使用された」との解説があるように、靖国神社の見解はあくまで、「明治政府軍=官軍」だ。

発言の背景には、徳川宮司の出自が関係している。徳川宮司は徳川家の末裔であり、“賊軍”の長であった15代将軍・徳川慶喜を曾祖父に持つ。徳川家康を祀った芝東照宮に奉職した後、靖国神社の宮司になった。「賊軍の末裔」が「官軍を祀る神社のトップ」に立ったわけである。

◆「大村益次郎像を撤去せよ」

「明治維新史観」の見直しは最近のムーブメントだった。昨年1月に発売された原田伊織氏の『明治維新という過ち 日本を滅ぼした吉田松陰と長州テロリスト』(毎日ワンズ刊)がベストセラーになったことを皮切りに、半藤一利氏と保阪正康氏の共著『賊軍の昭和史』(東洋経済新報社刊)など、明治維新の勝者の立場に立った歴史観を見直す論考が相次いで発表されている。

その流れで徳川宮司の発言が飛び出したことで、騒動が拡大しているのだ。著書で「薩長史観」を鋭く否定した原田氏は徳川宮司に同調するかと思いきや、意外にも「発言は中途半端」と手厳しい。

「明治維新当時、東軍・西軍という言葉はほぼ使われていません。徳川家や会津藩に賊軍というレッテルを張ったのは明らかに薩長ですが、その責任や是非を問わず、当時ありもしなかった言葉に置き換えて流布するのはおかしい。また、靖国の持つ歴史観を見直さないのは欺瞞です。“官も賊もない”と言うならば、まず靖国神社の境内にある大村益次郎(官軍側の司令官)の銅像を撤去すべきです」

そんな意見が飛び出すほど、今回の発言は衝撃だった。波紋が広がる徳川宮司の発言について靖国神社は、「創建の由緒から鑑みて『幕府側に対する表現や認識を修正すること』を神社として行なう考えはなく、今後も同様の考えが変わることはないとの発言と理解しております」と回答した。

宮司は150年間封印されていたパンドラの箱を開けてしまったのか。

※週刊ポスト2016年7月1日号

参照元 : NEWSポストセブン


靖国神社の正体(御神体)は、英霊の魂を食べる鏡の妖怪である



靖国神社の合祀の方法は下記の通り。

その方法を見ると、どうにも、英霊の魂を鏡に閉じ込め、鏡に食べさせる儀式としか思えないのだが、どうだろうか?

靖国神社の合祀の方法

真っ暗闇の夜に人霊を「霊璽簿」(れいじぼ)に筆書きで移し、更に靖国神社の「御神体」とされる鏡に写し合祀され「神霊」となる。その上で秋の例大祭の初日に「魂をお招きし」、霊璽簿を前に宮司が祝詞(のりと)を上げ、国学院大学吹奏楽部が「水清く屍(かばね)を演奏する中、本殿正面の扉を開き、奥の奉安殿に納める。

同神社の霊璽(みたましろ)は神鏡と神剣であるが、副霊璽(そえみたましろ)として天皇の軍隊の忠死者若しくは戦争協力者を霊璽簿(れいじぼ)とよばれる名簿(和紙の帳面で現在2000冊以上にのなっている=もとは祭神簿といわれ、これには祭神の氏名、戦没年月日、場所、本籍のある都道府県、軍における所属、階級、位階、勲等などが記入されている{注})に記して(記名することが重要とされている)祀る神道上の宗教施設にほかならない。

ミクロネシアの小さな島・ヤップより

霊璽簿自体が靖国神社の神体ではないのです。本殿にある御太刀と御鏡が神体とされています。霊璽簿はあくまで霊を神体に移すための伝達手段という扱いです。

* この妖怪は、最近餌を食べていないので、腹が減って狂暴になっているのだよ。

* 鏡に閉じ込められた英霊を、妖怪から解放して、ふるさとへ帰してあげるべきだ。と思う。

参照元 : 阿修羅

靖国神社は田布施村の守護社

靖国神社は、「靖国で会おう」と誓った太平洋戦争で亡くなった日本兵の心の拠り所としてのシンボルとして考えられています。また、A級戦犯が合祀されていることから、日本の首相参拝が行われる度に、中国、韓国、北朝鮮の3カ国は激しく反発しています。

しかし、事実は真逆であり、靖国神社は、田布施村出身の朝鮮民族による日本民族弾圧のシンボルであり、かれらの謀略で殺された孝明天皇や、日露、日清戦争、そして、太平洋戦争で戦死していった日本の若者の怨霊を封じ込める、招魂の儀式の場です。

靖国神社は、1869年6月29日、明治天皇の思し召しによって建てられた東京招魂社が始まりで、1879年に「靖国神社」と改称されて今日に至っています。

明治天皇は、当時の山口県田布施村出身の大室寅之祐。1866年、孝明天皇と明治天皇となるはずだった睦仁親王が、同じく田布施村出身の長州藩士によって殺害。1869年の東京遷都で、大室寅之祐が新明治天皇として正式に御所ですりかわって即位しました。

招魂とは、彷徨える御霊を招き、この世での未練を断ち切らせ、あるいは自分の肉体が既にこの世には無いことを教え、死者の国(常世の国あるいは黄泉の国)へ行かせる儀式です。

*鎮魂とは、「(み)たましずめ」と読んで、神道において生者の魂を体に鎮める儀式であり、魂を外から揺すって魂に活力を与える魂振(たまふり)を含めて鎮魂という。

招魂の儀式は、江戸幕府が管理していた陰陽道ではない。この儀式は朝鮮人の儀式である。

孝明天皇と睦仁親王を殺害して明治天皇にすりかわった大室寅之祐と、それに関わった三条実美、伊藤博文 西郷隆盛らは、李王家の家臣を祖とする両班派閥で、謀略で殺した孝明天皇と睦仁親王の招魂が必要だと考えました。彼らは、大村益次郎に命じて東京招魂社を建立します。

その後、田布施村出身の長州藩士を中心とする明治政府に反旗を翻した西南の役で戦死者を招魂し、1879年に靖国神社に改名します。靖国神社は、1853年のペリー来航以降の日本の国内外の事変・戦争等、国事に殉じた軍人、軍属等の戦没者を「英霊」という詭弁を弄して、彼らの怨念を封印する招魂の場となったのです。

征韓論で下野していた西郷隆盛は、孝明天皇を殺害して明治天皇をすりかえた張本人であり、西南の役では反乱軍である士族の人質だったのではないでしょうか。つまり、西郷隆盛の骨は靖国に招魂されていません。かれは、鹿児島の南州墓地で、高麗町出身の両班派閥の墓に守られています。

つまり、靖国神社は、田布施村出身の政府要人の神社であり、それは彼らに利用され殺された日本人の怨霊を招き封印する場です。

だから、東京裁判で死刑判決を受けた東条英機ら7人の遺骨は、1960年、殉国七士廟として愛知県西尾市東幡豆町の三ヶ根山に祀られたのです。

昭和天皇は、1975年を最後に参拝をしていません。それは、、A級戦犯の合祀問題に隠された事実を昭和天皇が知ったからでしょう。

田布施村出身の松岡洋右は、1978年に、殉国七士廟の遺骨を靖国神社に合祀しようとした際に、昭和天皇はこれに強く抗議しました。これは、A級戦犯に対する昭和天皇の怒りのように報道されていますが、事実は真逆で、靖国神社が、田布施村出身の朝鮮民族に利用された日本人の怨霊を閉じ込めるためのものであるからです。A級戦犯の合祀問題で、昭和天皇はこの事実に気がついたのでしょう。

つまり、昭和天皇は、田布施村の系譜ではないということを意味します。このあたりは、「天皇家と客家」に書いてあるのでここでは省略しますが、田布施村出身の伊藤博文は、朝鮮民族を裏切り、客家の血筋を皇室に入れた。アシュケナージ・ユダヤ人の末裔である田布施村出身者のとっては、スファラディ・ユダヤ人の客家は天敵である。

武士の系譜を引き継いだ山本五十六は、フリーメーソンの中曽根康弘の密告で戦死し、戦後、日本民族として首相となった田中角栄は、米国のフリーメーソンの謀略で失墜されます。

靖国参拝を政治に持ち込んだのは山本五十六を米国に密告した中曽根康弘。以降、鹿児島の田布施村の系譜をもつ小泉純一郎や、山口県田布施村の系譜の安倍晋太郎は靖国参拝を政治に持ち込んでいます。

田布施村系譜のフリーメーソンの守護神社である靖国は、邪馬台国フリーメーソンを守護する伊勢神宮とともに日本民族を支配するシンボルとなっています。

しかし、彼らは恐れています。戦中に出現した日月神事と客家の血筋をもつ昭和天皇の系譜にです。日本国のスファラディ・ユダヤ人は死に絶えていません。3.11でも東北のスファラディ・ユダヤ人は生き残っていて、その後の在日政権である民主党政権からの迫害にも耐えています。

現代の田布施村フリーメーソンの安倍晋三と在日政権である野田佳彦の選挙後の大同団結の謀略は実現しません。彼らの奇異ともえいる論理構成に、さすが愚民化政策で論理力を失った羊のような日本人でも、違和感を感じています。

世界の歴史や定説や常識はすべて真逆です。アシュケナージ・ユダヤ人フリーメーソンの描く世界は絶対に実現しません。

伊勢神宮は日本のメッカ → 本能寺の変の真実と式年遷宮の嘘

参照元 : 真実の日本の歴史

第22代当主 島津継豊 徳川綱吉の養女・竹姫を娶り、江戸将軍家と縁戚関係になる。

第25代当主 島津重豪 娘の広大院寧姫が徳川家斉の正室となり高輪下馬将軍の異名をとる。御台所〔江戸幕府将軍の正室で大奥一の立場〕となった。

第28代当主 島津斉彬 娘の天璋院篤姫が徳川家定の正室となり、御台所〔江戸幕府将軍の正室で大奥一の立場〕となった。

島津忠義の七女は今上天皇の母方の祖母で、現在の皇室との血縁もある。さらに五摂家筆頭の近衛家とも縁戚関係にある。

公爵(五等爵の最高位)

近衛家 旧摂関家 藤原北家嫡流(729年~)
九条家 旧摂関家 藤原北家嫡流(729年~)
二条家 旧摂関家 藤原北家嫡流(729年~)
一条家 旧摂関家 藤原北家嫡流(729年~)
鷹司家 旧摂関家 藤原北家嫡流(729年~)
三条家(転法輪三条家) 旧清華家 藤原北家閑院流(1021年~)
徳大寺家 旧清華家 藤原北家閑院流(1021年~)
岩倉家 旧羽林家 村上源氏(946年~)
島津家(島津宗家) 旧鹿児島藩主 惟宗氏(883年~)
島津家(玉里家) 旧鹿児島藩主家分家 惟宗氏(883年~)
毛利家 旧萩藩主 大江氏(791年~)
徳川家(徳川宗家) 旧将軍家 清和源氏と称するが明確でない
徳川家(徳川慶喜家) 旧将軍家別家 清和源氏と称するが明確でない

侯爵より陞爵

西園寺家 旧清華家 藤原北家閑院流(1021年~)
徳川家(水戸家) 旧水戸藩主 清和源氏と称するが明確でない
桂家 旧萩藩出身 大江氏(791年~)
伊藤家 旧萩藩出身 越智氏と称する
山縣家 旧萩藩出身 清和源氏と称する
大山家 旧鹿児島藩出身
松方家 旧鹿児島藩出身

侯爵(五等爵の第二位)

花山院家 旧清華家 藤原北家師実流(1062年~)
大炊御門家 旧清華家 藤原北家師実流(1068年~)
菊亭家 旧清華家
久我家 旧清華家 村上源氏(946年~)
醍醐家 旧清華家 藤原北家一条家支流。(1679年)
広幡家 旧清華家 正親町源氏(1664年~)
中山家 旧羽林家 藤原北家花山院家の支流(1131年~)
細川家 熊本藩主 清和源氏(939年~)
佐竹家 秋田藩主 清和源氏(939年~)
木戸家 萩藩出身 大江氏(791年~)
西郷家(西郷隆盛家) 鹿児島藩出身 平氏と称するが明確でない
徳川家(尾張徳川家) 名古屋藩主 清和源氏と称するが明確でない
徳川家(紀州徳川家) 紀州藩主 清和源氏と称するが明確でない
浅野家 広島藩主 清和源氏と称するが明確でない
池田家 岡山藩主 清和源氏と称するが明確でない
池田家 鳥取藩主 清和源氏と称するが明確でない
黒田家 福岡藩主 宇多源氏と称するが明確でない
鍋島家 佐賀藩主 源氏と称するが明確でない
山内家 高知藩主 藤原氏と称するが明確でない
前田家 金沢藩主 菅原氏と称するが明確でない
蜂須賀家 徳島藩主
尚家 琉球藩王
佐々木家 高知藩出身
大久保家 鹿児島藩出身 藤原氏と称するが明確でない
小松家 賜姓皇族 北白川宮能久親王子孫
山階侯爵家 賜姓皇族 山階宮菊麿王子孫
久邇侯爵家 賜姓皇族 久邇宮邦彦王子孫
華頂家 賜姓皇族 伏見宮博恭王子孫
筑波家 賜姓皇族 山階宮菊麿王子孫
音羽家 賜姓皇族 朝香宮鳩彦王子孫
粟田家 賜姓皇族 東久邇宮稔彦王子孫

伯爵より陞爵
四条家 旧羽林家
嵯峨家 旧大臣家 藤原北家閑院流三条家系(旧称は正親町三条家)。(1182年~)
中御門家 旧名家 藤原北家勧修寺流(873年~)
伊達家 宇和島藩主 藤原氏(669年~)
松平家(越前松平家) 福井藩主 清和源氏と称するが明確でない。
井上家 萩藩出身
小村家 飫肥藩出身
大隈家 佐賀藩出身 菅原氏と称するが明確でない。
西郷家(西郷従道家) 鹿児島藩出身 平氏と称するが明確でない。
東郷家 鹿児島藩出身 桓武平氏(806年~)
野津家 鹿児島藩出身

伯爵(五等爵の第三位)

南部家 陸奥盛岡藩主 清和源氏(939年~)
小笠原家 豊前小倉藩主 河内源氏(968年)
溝口家 越後新発田藩主 甲斐源氏
伊達家 陸奥仙台藩主 藤原氏(824年)
上杉家 出羽米沢藩主 藤原北家勧修寺流上杉氏
前田家 越中富山藩主 藤原北家利仁流斎藤氏庶流
島津家 日向佐土原藩主 惟宗氏(883年~)
宗家 対馬厳原藩主 惟宗氏(883年~)
阿部家 備後福山藩主 海野氏
有馬家 筑後久留米藩主 赤松氏
立花家 筑後柳河藩主 大友氏
堀田家 下総佐倉藩主 八坂氏
清水徳川家(徳川旧御三卿) 清和源氏と称する
田安徳川家(徳川旧御三卿) 清和源氏と称する
一橋徳川家(徳川旧御三卿) 清和源氏と称する
松平家 出雲松江藩主 清和源氏と称する
松平家 上野前橋藩主 清和源氏と称する
松平家 讃岐高松藩主 清和源氏と称する

真田家 信濃松代藩主 清和源氏と称する
大給家 信濃龍岡藩主 清和源氏と称する
柳沢家 大和郡山藩主 甲斐源氏と称する
津軽家 陸奥弘前藩主 甲斐源氏と称する
松浦家 肥前平戸藩主 嵯峨源氏と称する
中川家 豊後岡藩主 多田源氏と称する
亀井家 石見津和野藩主 宇多源氏と称する
藤堂家 伊勢津藩主 藤原氏と称する
大村家 肥前大村藩主 藤原氏と称する
井伊家 近江彦根藩主 藤原北家の後裔と称する
戸田家 美濃大垣藩主 藤原北家公季流正親町三条家の末裔と称する
酒井家 播磨姫路藩主 大江氏と称する
酒井家 出羽庄内藩主 大江氏と称する
酒井家 若狭小浜藩主 大江氏と称する
久松家 伊予松山藩主 菅原氏と称する
奥平家 豊前中津藩主 赤松氏と称する

東照宮は家康ではない。実は三河の源頼朝が主祭神

日光山
源頼朝がその母方の従兄弟を別当に据えて以来、鎌倉幕府、関東公方、後北条氏の歴代を通じて東国の宗教的権威の一中心であり続けた。

源頼朝
藤原実範(三河守)→藤原季兼(三河四郎大夫)→藤原季範(額田冠者(三河国額田郡)、初代藤姓熱田大宮司)→娘(由良御前)→源頼朝

母方の従兄弟
寛伝(寛典・観纒とも、額田僧都、式部僧都と称された、日光山満願寺19世座主、三河国滝山寺)
藤原実範(三河守)→藤原季兼(三河四郎)→藤原季範(額田冠者(三河国額田郡)、初代藤姓熱田大宮司)→藤原範忠→寛伝

2016年6月14日火曜日

安倍首相の側近、今井尚哉 「日本は、この男が率いる財界を中心に動いている!?」 NHKも官僚も完全にコントロール

【日本はこの男に支配されている】安倍の側近・今井尚哉のヤバすぎる権力5例! NHKも官僚も安倍も完全コントロール!

2016.06.14



ロックフェラー、ロスチャイルド……陰謀論の中でもとりわけ注目されるのが「ユダヤ系金融資本が一枚岩となって世界を動かしている」という説だろう。資本主義社会において、陰謀の中心はやはり“マネー”なのだ。

そしてまさに今、同様の陰謀がある人物によって日本で起きているのだという。政府情報筋によると「安倍はただのマリオネットで、日本の未来を操っているのは彼。非常に危険な人物」だそうだ。
 
その人物の尻尾が、さまざまな「事実」の集積によって徐々に見え始めてきた――。安倍晋三首相の筆頭秘書官・今井尚哉氏だ。

【今回の陰謀人】安倍首相の首席秘書官
今井尚哉氏(いまいたかや)経産省出身
まずは、これまで主要メディアが報じた今井氏の評価を羅列してみよう。

●誰もが一目置く安倍の側近

《政局対応、官邸広報、国会運営、あらゆる分野の戦略を総理の耳元で囁く。決断するのは総理だが、その影響力は計り知れない》(「プレジデントオンライン」より)

《今井には何より『総理独り占め』のカードがある。首相のアポは思いのまま、入れたい情報は耳打ちし、入れたくない情報は握りつぶす》(「FACTA」より)

《安倍総理の右腕とも言われ、スケジュールを一手に握っていることから、大物政治家も一目置いている。一方で今井氏の機嫌を損ねると、面会を取り次いでもらえないとの悪評も多い》(「週刊文春」より)

《『戦後70年談話』の草稿は、首相と今井氏らごく少数で作成したという》(「フライデー」より)

さまざまなジャーナリストが揃いも揃って「安倍と今井は特筆するくらい親密であり」「安倍が今井を頼っている」旨を強調しているのがわかるだろう。

では、なぜ今井氏はこれほどまでに安倍の信頼を得たのだろうか?

「元経団連会長・今井敬と元通産事務次官・今井善衛を叔父にもつ今井ですから、もともと財界との太いパイプがありました。安倍がまず目論んだのは、今井を介して財界をバックにつけることでの票集めでしょう。財界をバックにつけるとなれば、そのツケとして、財界にとって得になる政策を打ち出さねばならなりません。その結果、人事、法案、アベノミクス……すべてが、今井中心のもと、財界が得をする(=後押ししてくれる)シナリオが形成されていきました」(政府情報筋)

●“今井政治”5つの罪深き功績

では、安倍政権が“今井氏と、今井氏率いる財界”を中心に動いている証拠を5つ紹介しよう。

1、防衛装備移転三原則の制定/2014年4月1日

国家安全保障戦略にもとづいて、武器輸出三原則に代わる新たな政府方針として「防衛装備移転三原則」が制定された。これは旧三原則では禁じられていた武器の輸出入を基本的に認め、その上で禁止する場合の内容や、厳格な審査を規定する内容だ。従って、三菱重工業、IHI、川崎重工業の総合重機大手3社をはじめとする大企業が、恩恵を受けたことになる。まさに「安倍を支える財閥に甘い果実を与えるための法」だったといえるだろう。

2、政治献金の復活/2016年1月26日

大手銀行が18年ぶりに自民党への政治献金を復活させた。経団連が2014年から献金の呼びかけを再開し、自民党と大企業との献金パイプが復活した流れに乗じたかたちだ。これはいうまでもなく、元経団連会長を叔父にもつ今井氏の暗躍あってのものとみていいだろう。とにかく今後、銀行を介して我々国民のカネが自民党マネーとして利用されることになった。大手メディアが献金の復活に対して大騒ぎしないのは経団連加盟企業をはじめとするスポンサーの意向を汲んでのことかもしれない。

3、籾井勝人NHK会長の「理事4人一気に粛清事件」/2016年4月12日

350億円の土地購入計画を強引に進めようとした籾井勝人NHK会長に理事4人が反対。これに対し、今井氏は籾井氏を官邸内で徹底擁護。なぜなら、籾井氏をNHK会長に推したのが叔父の今井敬氏だったからである。今井氏は同じく安倍首相のお気に入りのNHK解説委員である岩田明子氏と共謀し、反対した理事4人を一気にクビにすることに成功。“暴君・籾井時代”の引き伸ばしに一役買ったといわれている。雑誌『FACTA』によると、この“大粛清”人事によって技師長には畑違いのド素人が就任するハメになり、その人物が4K、8Kを進めるのだとか…。もはや不安しかない。

4、伊勢志摩サミットでの“怪文書作成”/2016年5月26日

増税見送りの根拠として、今が「リーマン・ショック前夜」に近い経済状況だと見せるため、持論に都合のいいチャートだけ抜き出して作成された文書を各国首脳陣に提示してしまった事件である。これには世界各国から失笑が起きたうえに、「サミットを政治利用するな」との批判が巻き起こった。

この文書を作った人物こそ、今井氏だった。通常ならば、外務省が事務方となり、3~4人の外務官僚が中心となって『首脳宣言』をまとめるところを、今井氏は秘書官の身でメンバーの中心として鎮座。財務省や外務省との相談を省き、限られた懇意のメンバーに文書の作成を指示していたといわれている。

「増税見送りは支持率維持のためでしょうが、この独走・暴挙に対し、麻生太郎氏をはじめとする財務省からは大クレームが噴出しています。予算査定権や徴税権など、これまで財務省が握っていた権力も、今井のおかげですべて経産省が実権を握る体制となりましたから、財務省は今井に対して恨みをもっているはずです」(政府情報筋)

5、トップ官僚退任人事/2016年6月2日

情報筋によると、“今井氏との折り合いが悪い”という理由により、外務省・斎木昭隆事務次官が財務省・田中一穂事務次官とともに退任に追い込まれた可能性があるそうだ。「NHK人事」での冷徹さと「伊勢志摩サミット」での秘密主義ぶりをみれば、この退任人事が今井氏の身勝手な意向によるものだとしてもおかしくはない。

「外務省事務次官であれば普通なら駐米大使を終えてから退任するはず。にもかかわらず斎木氏がこのタイミングで退任したのには、安倍首相を囲い込み、直接交渉ができない状況を作った今井の存在が関係している可能性があると囁かれています。田中氏に関しては、軽減税率をめぐる騒動の影響が大きいかもしれないですが」(政府情報筋)

増税を延期すれば、延期した分だけ将来にツケがまわる。だが、我々が背負った将来のツケで今まさに甘い汁を吸っているのは大企業だけ。中間層以下には何の利益もないアベノミクス……。この大企業だけが得をする“今井政治”は果たしていつまで続くのだろうか? 日本のラスプーチンが暗躍する陰謀政治の動向を今後も注意深く見ていきたい。

参照元 : TOCANA

今井尚哉



今井 尚哉(いまい たかや、1958年8月 - )は、日本の通産官僚。内閣総理大臣秘書官。 日本機械輸出組合ブラッセル事務所所長、資源エネルギー庁資源・燃料部政策課課長、経済産業省大臣官房総務課課長、経済産業省貿易経済協力局審議官、資源エネルギー庁次長などを歴任した。



概要
栃木県出身の通産官僚である。通商産業省や経済産業省においては、主として産業政策・エネルギー畑を歩んだ。福島第一原子力発電所事故以後は、関西電力大飯発電所再稼働に道筋をつけるなど、原発再稼働に尽力したことで知られている。

第1次安倍内閣の下で内閣官房に出向し事務担当の内閣総理大臣秘書官を務め、その後は経済産業省の本省にて大臣官房総務課課長や貿易経済協力局審議官を経て[、外局の資源エネルギー庁で次長に就任するなど、要職を歴任した。

安倍晋三に乞われ、第2次安倍内閣の発足とともに政務担当の内閣総理大臣秘書官に就任している。第3次安倍改造内閣が掲げた「一億総活躍社会」というスローガンを発案したことでも知られている。

来歴

生い立ち
1958年8月に栃木県にて生まれた。勤務医の父の下で、栃木県宇都宮市にて育った。栃木県立宇都宮高等学校を卒業後、上京して東京大学に進学し、法学部にて学んだ。1982年、東京大学を卒業した。同年4月、通商産業省に入省した。

官僚として
通商産業省においては、主として産業政策・エネルギーを所管する職務に就くことが多かった。2001年の中央省庁再編後は、経済産業省にて勤務した。2003年、日本機械輸出組合にてブラッセル事務所の所長に就任したため、ベルギーのブリュッセル首都圏地域に渡った。

その後、経済産業省の外局である資源エネルギー庁において、資源・燃料部の政策課で課長に就任した。第1次安倍内閣の発足にともない、内閣官房に出向し、内閣総理大臣秘書官となった。このとき、内閣総理大臣であった安倍晋三の知遇を得た。

第1次安倍改造内閣が退陣すると、経済産業省に戻った。2008年12月、大臣官房にて、いわゆる「官房三課長」の一つである総務課の課長に就任した。また、政策審議室の室長にも併任された。その後、貿易経済協力局の審議官などを務めたが、2011年6月には審議官としての職務を続けながら資源エネルギー庁の次長に就任した。

福島第一原子力発電所事故を受け菅第2次改造内閣が脱原発を模索する中、原子力発電所の再稼働を目指し奔走した。関西電力大飯発電所再稼働をめぐっては、仙谷由人、斎藤勁ら菅第2次改造内閣や野田内閣の政権幹部を説得するだけでなく、嘉田由紀子、橋下徹ら地方公共団体の首長に直談判して説き伏せるなど、再稼働への道筋をつけた。これらの活動から「経産省に今井あり」と評されるようになり、同期入省の日下部聡、嶋田隆とともに「経産三羽烏」と称された。

2012年の第2次安倍内閣の発足にともない、安倍晋三に乞われ政務担当の内閣総理大臣秘書官に就任した。なお、独立行政法人である経済産業研究所においてコンサルティングフェローを務めていたが、2013年6月30日に退任した。

政策・主張

原発再稼働
東日本大震災に端を発した福島第一原子力発電所事故以降、民国連立政権では原発政策を「三プラス二会合」にて検討することになったが、その場に出席して再稼働させるよう力説した。菅第2次改造内閣にて内閣官房副長官だった仙谷由人、野田内閣にて内閣官房副長官だった斎藤勁の説得に全力を注いだ。のちに斎藤は「大飯の再稼働は今井さん抜きではありえなかっただろう」と語っている。

また、滋賀県知事の嘉田由紀子や大阪府知事の橋下徹など、関西広域連合の首長らが再稼働に否定的だと見るや、単独で説得に赴いている。滋賀県知事公館にてブラックアウトと経済や人命への影響を説き、嘉田を翻意させることに成功した。

今井の説得に応じた理由について、嘉田は「ピーク時の真夏の消費電力三千キロワットが、今は二千五百キロワットまでカットできているけど、あのときは先行きが見えませんでしたから、折れる以外になかった」と回顧している。また、東京都で行われた橋下と前原誠司との会合にも足を運び、橋下に対して原子力発電の重要性を力説、のちに橋下は再稼働容認を表明した。

新三本の矢
第3次安倍改造内閣が掲げる「一億総活躍社会」とのスローガンを考案した。また、経済産業省に指示して新たな経済政策の素案を提出させたが、それを見た安倍晋三からわかりやすい数値目標を設定するよう指摘されたため、「GDP六百兆円」「出生率一・八達成」を発案した。その後、後付けでこの数字の根拠となるデータを見つけるよう関係省庁に慌てて指示し、数日でアベノミクスの「新三本の矢」政策を取りまとめた。

新三本の矢の狙いについて「今度のアベノミクスは、安保から国民の目をそらすことが大事」と説明しており「心地よく受け止められるより、悪い評判のほうが印象に残りやすいので、そのほうがいい」としている。

人物

安倍晋三
第1次安倍内閣にて内閣総理大臣秘書官となったことから、安倍晋三の知遇を得た。ともに内閣総理大臣秘書官を務めた井上義行は、今井の叔父の今井善衛と安倍の祖父の岸信介とが商工官僚同士だった縁から両者が接近したと述べている。また、井上は、安倍の姻族である牛尾治朗も今井の活用を進言していたと述べている。

第1次安倍改造内閣退陣後も、長谷川榮一とともに安倍を高尾山登山に誘うなど、今井と安倍は交流を深めた。第46回衆議院議員総選挙直前、安倍の事務所ではベテランの政策担当秘書が突然辞任し人材が払底していたため、安倍は今井に着目し、新政権にて政務担当の内閣総理大臣秘書官に就任するよう要請した。これを受け、今井は第2次安倍内閣発足とともに政務担当の内閣総理大臣秘書官に就任した。

略歴
1958年 - 栃木県にて誕生。
1982年 - 東京大学法学部卒業。
1982年 - 通商産業省入省。
2003年 - 日本機械輸出組合ブラッセル事務所所長。
2006年 - 内閣官房内閣総理大臣秘書官。
2008年 - 経済産業省大臣官房総務課課長。
2008年 - 経済産業省大臣官房政策審議室室長。 2011年 - 資源エネルギー庁次長。
2012年 - 内閣官房内閣総理大臣秘書官。

家族・親族
叔父の今井善衛は、『官僚たちの夏』の主人公のモデルとしても知られており、商工官僚を経て通商産業省で事務次官を務めた。また、同じく叔父の今井敬は、新日本製鐵の社長を経て経済団体連合会の会長を務めた。

これらの経緯から、尚哉は当初より「永田町や霞が関界隈でサラブレッド視されてきた」という。また今井善衛の妻は山崎種二の娘であり、安倍晋三夫人である安倍昭恵の叔母が山崎種二の三男(山崎誠三)に嫁いでいるため今井家と安倍家は縁戚に当たる。

今井善衛(叔父) - 商工官僚
今井敬(叔父) - 実業家

参照元 : wiki/今井尚哉

2016年6月4日土曜日

全国20〜60代の男女1365名を対象に「右翼と左翼、どちらが気持ち悪いか?」を調査 支配者の「分断統治」に踊らされる一般大衆

右翼と左翼どちらが気持ち悪い?6割が選んだ答えは…

2016/06/03/ 06:00



日常会話の中で、「政治と宗教の話」を出すのはマナー違反とされる。考え方が違う人が確実に存在し、無用な議論や対立を招きやすいためだ。

しかし同じ人と人とのコミュニケーションでも、ネット上では政治的な主張や過激な発言、ときに罵詈雑言とも思える言葉の応酬が見られる。

匿名掲示板や半匿名のツイッターだけでなく、実名制のFacebookにおいてもだ。

「ネトウヨ」「パヨク」といった揶揄やレッテル貼りを目にする機会も多く、SNSが普及する前よりずっと日々の中で「政治的な主張」に触れる機会が増えているかもしれない。

こうした状況の中、人は右寄り・左寄り、どちらの主張をする人たちにより不快感を覚えているのだろうか?

■「左翼が気持ち悪い」がやや優勢

しらべぇ編集部が全国20〜60代の男女1365名を対象に「どちらがより気持ち悪いか」を調査したところ、およそ13ポイント差で「左寄りの主張をする人が気持ち悪い」という結果に。



政治思想は個人の自由だが、左寄りの人は「自分の主張が嫌われる可能性が(右派よりも)やや高い」ということを意識したほうがいいかもしれない。

■「右派嫌い」が過半数なのは60代男性だけ

男女・世代別ではバラつきが見られたので一部を抜粋すると…



「左翼嫌い」がもっとも顕著だったのは20代男性と30代女性。6割以上が「左寄りのほうが気持ち悪い」と回答した。

また、「右寄りのほうが気持ち悪い」という答えが5割を超えたのは、60代男性のみ。次いで50代女性の割合が高くなった。

これ以外のすべての世代は、全体平均(右嫌い:43.6%/左嫌い:56.4%)と最大2%以内の差にとどまっている。

政治思想のみならず、悪意や差別など負の感情もあらわになることが多いネットの世界。それがリアルにまで進出するような社会はおぞましい(ヘイトデモやそのカウンター活動など、そうした傾向も見られる)。

しかし、たとえネットの中だけだとしても「対面で言えないような主張」は、その思想自体への嫌悪感につながりかねない。

参照元 : しらべぇ

<ネットユーザーの反応>
「右だろうが左だろうが過剰に振れた奴は気持ち悪い」

「右翼は、はげが多いからなあ 左翼のハゲは信用できないし」

「選挙に行く奴が気持ち悪いし、こんな質問に平気で答えてる奴が一番気持ち悪いわw おれは差別主義者なんだよw」

「なぜ、右翼にも左翼にも朝鮮人が多いのかお察しください」

「右翼って変なバスに乗って騒いでる人たちでしょう?気持ち悪いです」

「パヨクは日本国民の嫌われ者」

「左翼は嫌いです。在日似非右翼も嫌いです。右翼........日本に生存してますか?」

「右翼だとか左翼だとかそういうレッテル貼るのって間違ってるだろ!?選挙に行く愚民が一番悪いんだろ!?だってマスゾエ選んだの愚民だぜ!?オレならマスゾエにもタモガミにも絶対投票しなかったぜ!?w」

「わかりやすいなw 若者は左翼嫌いで右翼を嫌いなのは団塊左翼ww」

「本来の右翼を左翼と呼び、本来の左翼を右翼と呼ぶ日本 与党が自分たちを右翼と自称したため、敵国が右翼では印象が悪いからって意味をすり替えたw」

「一番気持ち悪いのは愚民の脳ミソなんだよ、だって病原菌を培養する寒天なんだろ!?愚民の脳ミソてw」

「サヨクは国立でのインテリ ウヨクは中卒のドカタってのが定番」

「あら? すごい左翼も嫌われぷりだなw 普通、右翼をイメージすると在特会や街宣右翼をごっちゃにして思い浮かべる人が多いのに関わらず、それより左翼の方が気持ち悪いとは中々の調査」

「理由は簡単だよ 左翼は反政府で反日だろ 右翼は問題あっても反日ではないからな 自分の国を悪く言う左翼が気持ち悪い嫌いなのは当たり前だろ」

「電通博報堂グループがキモい」

「まあネトウヨ連呼やコピペ厨はだいたいカクサン部でしょ?団塊仕事バカが家族のなかで居場所がないようにその世代に多いサヨ思想は団塊jr.世代以下から嫌われてるってことよ」

「右翼は勝手にほざいてるだけだって印象だけど、左翼はねっとりと絡みついてくるような不気味さがある」

「そもそも右翼など存在しない。存在するのは朝鮮右翼と反日売國奴左翼だけである。なぜならば、皇國臣民皆愛國者であり、我が大君の大御稜威で生かされ、我が大君の為に死ぬ覚悟を持っているからである。」

「ネットで見る左翼とリアルの左翼は同一イメージはあるけど右翼は乖離してるな 国旗入りの黒い車でスピーカーがんがんやってる右翼もネットで天皇様言ってんだろうか?」

「右や左の旦那様だな」

「俺は無職ネトウヨが一番気持ち悪いと思う そんなに国を想ってるなら働いて納税しろよって思うw」

「日本には愛国左翼がいないからな」

「立ち位置は一緒だろ 右向いてるか左向いてるかってだけで最終目標は一緒だと思うな。しかし、どちらも逆効果ですっかり嫌われ者という・・・」

右も左も裏で繋がっている!?実は仲間で政治活動はプロレスだった!?

一般大衆は茶番に踊らされている?

▼crack代表の野間と元在特会・副会長の川東大了。カメラが回ってない場所では仲良し?





▼対立している者同士が仲良く記念撮影





▼右系のデモに参加していた人物が、いつの間にか男組、しばき隊としてカウンター側に・・・左右は自由自在に転向。



▼敵対側と仲良く記念撮影





▼安倍自民党を批判する者が、麻生太郎と仲良く記念撮影





▼日の丸ではなく星条旗を持って街宣する瀬戸ひろゆき氏



▼ネオナチ、シオニスト



▼シールズとフリーメイソンの鳩山由紀夫。右も左も背後は同じ、ユダヤ金融資本か!?




分割統治



分割統治(ぶんかつとうち、英語:Divide and conquer、ラテン語:Divide et impera)とは、ある者が統治を行うにあたり、被支配者を分割することで統治を容易にする手法。被支配者同士を争わせ、統治者に矛先が向かうのを避けることができる。分断統治とも。

歴史
古代ローマ帝国は、支配下に治めた都市相互の連帯を禁じ、都市毎に応じて処遇に格差をつける分割統治によって、征服した都市からの反乱を抑えることに成功した。19世紀以降の欧米の植民地経営は、この原理をよく応用した。イギリスはインドで、人種、宗教、地域の差異で分割した集団を互いに反目させることで長期の統治に成功した。ベルギーやドイツは、ルワンダ・ブルンジにおいてフツとツチに格差をもうけ、少数派のツチを中間的な支配層とした。これがルワンダ虐殺の遠因となったともいわれる。

日本に対して実施された分割統治

第二次世界大戦にて、日本の領土を連合国が獲得し以下の通り分割統治を実施した。

ソ連
・南樺太(ポーツマス条約で獲得、内地、1943年3月31日までは外地)
・千島列島(樺太・千島交換条約で獲得、内地)
・北方四島(北方領土問題)
・朝鮮北緯38度線以北(日韓併合条約で獲得、外地)
・関東州(旅順・大連)(ポーツマス条約で獲得、租借地。1950年代に中華民国ではなく中華人民共和国へ返還)

アメリカ
・東北地方、関東地方、中部地方、近畿地方、九州地方(古来の領土、内地)
・北海道(渡島国およびアイヌの歴史、内地)
・沖縄(琉球処分、内地) ・奄美(連合国は沖縄の一部と解釈)
・旧十島村は、軍政下に置かれた島(現十島村)とそれ以外の島(現三島村)に分割された。
・小笠原(明治に領有宣言、内地)
・委任統治領南洋群島(ヴェルサイユ条約で獲得)
・朝鮮北緯38度線以南(日韓併合条約で獲得、外地)

中華民国
・台湾島(下関条約で獲得、外地)

イギリス
中国地方、四国地方(古来の領土、内地)

参照元 : wiki/分割統治



日本人の学生、卒業後に借金地獄に!?外国人留学生を優遇する奨学金制度

卒業同時に借金地獄に陥る若者の苦悩

2016年06月03日 18時36分 JST



経済財政運営の指針「骨太の方針」や、働き方改革など今後10年間の施策をまとめた「ニッポン1億総活躍プラン」。返済不要の「給付型奨学金」について「創設に向けて検討」と明記した。5月18日に示された案には施策の方向性が明示されていなかったが、与党の強い要望を受けて書き加えた。来年度からの導入を目指すそうだ。

今から2年前を思い出して欲しい。

2014年、有識者会議の提言に従い検討されている返済不要の「給付型奨学金」の予算額は380億円(約6万3千人対象)。

「380億円の財源の確保は難しい。将来的に、創設に向けての検討も進めていく」――。これが財務省の見解だった。

そして、今回。再び「創設に向けて検討」だと。「来年度から導入を目指す」としているが、どこまで本気なんだろうか。

ある学生からのメールの一部を取り上げる。そして、みなさんにも是非とも、考えてもらいたい。

「講義でスティーブ・ジョブズを取り上げた時に、僕は大学を辞めようと、決心しました。僕の両親もジョブズと同じで、僕の学費のために生活を切り詰めて、必死で働いていた。なのに、僕はずっとそれを、見て見ないふりをしていました。だって、周りの人たちはみんなお金持ちで、帰国子女もたくさんいて。僕はついていくのに必死だった。でもジョブズのスピーチを聞いて、僕も大学を辞めようと思ったんです。

でも、最後の講義で先生の話を聞いて、辞めるのやめることにした(笑)。僕が今やるべきなのは退学じゃなく、目の前のことをちゃんとちゃんとやって(これも先生が教えてくれたこと)、大学をちゃんと出て、自立することだと考えるようになったからです。それが親に対して、僕が唯一できることだと今は考えています。僕が奨学金をもらうことに親が反対したのも、両親から僕への傘だったんだと思います。

実は、こないだ実家に帰ったら、親が僕が○○大学にいっていること、自慢してるって知りました。前の僕だったら、そんな親を軽蔑したと思う。でも、今はちょっとだけ親孝行できたかなって思えます。父は高卒で、大学を出なきゃダメだっていうのが口癖だったから。それに、『傘を差し出してもらった人に唯一できることは、途中で放り出さないこと』ですよね? だから、とにかく踏ん張ります」

ちょっとばかり、補足しておく。

彼が聴講していた講義では、毎回、講義内容に関連する人物を取り上げていて、スティーブ・ジョブズが2005年にスタンフォードの卒業式で学生に向けたスピーチも紹介した。

ジョブズは生まれてすぐに養子に出された。実母が唯一出した条件が、「息子を大学に必ず行かせてほしい」ということだった。

養母も養父も大学は出ておらず、労働者階級。そこでジョブズを大学に行かせるためにコツコツと貯金をし、彼がスタンフォード並みに学費が高い、リード大学に入ってしまったばっかりに、蓄えと収入のほとんどを学費に注ぎ込まざるを得なくなった。

「大学に入って半年たった頃、僕はそこまで犠牲を払って大学に通う価値が見いだせなくなってしまった。私は、両親が一生かけて蓄えたお金をひたすら浪費しているだけでした。なので、私は退学を決めました。今振り返ると、自分が人生で下したもっとも正しい判断だったと思います」

このジョブズの言葉に、前述の学生は刺激されたのだ。

で、最後の講義の話とは、私が学生に話した"私のたったひとつのルール"のこと。

「やると決めたら、とことんやる。背中を押してくれた人、チャンスを作ってくれた人、応援してくれる人......。そんな傘を貸してくれた人たちを裏切らないためには、途中で放り出したり、適当にやっちゃダメ」

なんだがこうやって文字にすると、とんでもなく恥ずかしいのだが、多分こんな内容の話をしたと記憶している。

念のため断っておくが、彼は決して特別な学生じゃない。厳しい家庭環境で育った学生は決して少なくない。シングルマザー、父親が非正規、実家が倒産などなど、友だちには言いづらい"家の事情"を相談メールや手紙に書いてくる学生は想像以上に多い。

大学生2人に1人が利用している奨学金。利用者がここまで増えた背景には、この20年間での親の収入低下と、入学金や授業料の高額化がある。しかも、学生自身の就職状況の悪化で借りたお金を返せない人は急増し、奨学金の滞納者も延滞額も年々増加している。

日本学生支援機構によると、奨学金の返還をする義務を負っている人は約322万9000人、うち3カ月以上延滞している人は19万4153人(平成24年度末時点)。3カ月以上延滞している人たちのうち、「無職・失業中又は休職中」の人が18.2%、「非常勤の労働者」が15.1%。また、年収が「200万円未満」は63%、「300万円未満」は83%にのぼっている(日本学生支援機構 平成24年度奨学金の延滞者に関する属性調査結果より)。

教育に国がかけるお金は、世界的にみても日本は最低レベル。経済協力開発機構(OECD)が公表した教育施策に関する調査結果では、国内総生産(GDP)に占める日本の教育への公的支出割合は3.8%で、5年連続で32カ国の中で最下位だった(2014年調査時)。

大学の奨学金制度でも、国の現行の奨学金は全て大学卒業後に返済する「貸与型」で、給付型を設けていないのは先進国では異例だ。その一方で、家庭が負担する教育費は、世界トップレベル。特に、幼稚園などの就学前と高校の家庭支出は圧倒的に高い。

つまり、「国はさぁ~、あんまりおカネ出さないから、お父さん、お母さん、よろしくね!」と。少々意地悪な物言いではあるが、そう考えているのだろう。

人間の誰もが持っている潜在能力は、社会的チャンスなくして発揮するのは不可能。チャンスがあるからこそ、秘められた力がカタチになる。親の所得、職業、社会的地位などで、子どもの人生のチャンスの選択肢が規定されてしまう世の中とは、"ダイヤの原石"をゴミ箱にポイ捨てするようなもの。

それが生きる力、学ぶ力、考える力、ものをつくる力を引き出し、国の土台を作る。強固な土台なくして経済拡大も国の発展もあり得ないのではないだろうか。

Yahoo news 河合薫の健康社会学から抜粋し転載

参照元 : huffingtonpost


日本人を苦しめ留学生を優遇する奨学金制度

2013年04月16日

日本はこの20年デフレに苦しみ、失業者が増え、ワーキングプアと呼ばれる非正規職員が増加し、高等教育の教育費を捻出できない家庭も増えている。日本の大学生の多くは(独)日本学生支援機構(旧日本育英会)の貸与奨学金を受け、卒業後に返済の義務を負う。大学を卒業しても正社員として就職できなかったり、就職した会社が倒産したりと、返済能力が無く返済が滞る人も居る。そういう奨学生に対して、クレジットカードが作れないようにブラックリスト登録したり、かなり強硬な措置が取られているともいう。

ところが、文部科学省は外国からの留学生に対し、ものすごい厚遇をしている。以下、外国人留学生に支払われている奨学金の概要です。

(出典:文部科学省ホームページ)

(1)月額117,000円→年間 1,404,000円

(2)渡日旅費:文部科学省は、旅行日程及び経路を指定して、渡日する留学生の居住地の最寄りの国際空港から成田国際空港(又は配置大学が通常の経路で使用する国際空港。)までの下級航空券を交付

(3)帰国旅費:奨学金支給期間終了月内に帰国する留学生については、本人の申請に基づき、成田国際空港(又は配置大学が通常の経路で使用する国際空港)から当該学生が帰着する場所の最寄りの国際空港までの下級航空券を交付。

(4)大学における入学検定料、入学金及び授業料は日本政府が負担する。

そしてこれらは全て貸与ではなく給付、つまり返済不要なのです。

さらには、これらを利用する「外国人留学生」のうち75%以上が中国・韓国からの留学生です。

日本学生支援機構ホームページ(外国人留学生在籍状況)

中国人・韓国人に対して、年額150万近い生活費と大学の授業料と渡日・帰国旅費が支払われています。どちらも反日教育を施され、反日思想を持ち、日本人になら何をしても構わないという「愛国無罪」の精神の持ち主です。こんな中国人・韓国人を日本人の血税でどんどん優遇して高等教育を受けさせる、いや日本国に招き入れる。

危険極まりない。それに、日本人学生が厳しい経済事情で教育機会を得られなかったり、奨学金返済に苦しむ傍らでこのような反日国家の留学生に血税がばら撒かれる現状が正常なはずはありません。外国人留学生による犯罪も増加しています。

にもかかわらず、京都府がとんでもないことを言いだしました。京都で大学を卒業すれば永住権を与えよう という「大学ユートピア特区」なんてものを政府に申請するそうです。断じて許せません。京都は大学が多く、留学生も多い街のようですが、大学を卒業しただけで永住権を与えるだなんて、国防・国家安全保障の観点からそんなこと困ります。

国防・国家安全保障の観点から考える必要のあることを京都府だけで実施するなんて。今は政府に申請という段階すがこれが道州制とかになり、地方の権限が強くなったら、地方からどんどん日本弱体化が進みますね。

日本人の税金で旅費・生活費・授業料全てを賄ってもらって、そのうえ永住権まで差し上げようだなんて、断じて許せませんよね。京都府にも政府にも文科省にもどんどん反対意見、留学生奨学金の見直し意見など送らないといけません。絶対におかしいですよね、こんな現状。

外国人留学生奨学金



奨学金の件で文部科学省に電話した



参照元 : himikoの護国日記

延滞1ヶ月で利息5%引き上げ
延滞3ヶ月でブラックリストに載りカード不可
延滞9ヶ月で民事告訴される

奨学金という名のヤミ金も顔負けの取り立て地獄

一方、国費留学生の中国人は、何と学費免除の上に生活費まで日本政府から貰えて返却義務は無し・・・